女性が一人、草原の中に佇んでいた。
よく見れば、その女性の足下には幼い子供が一人、服の裾をつかんで座っていた。
男の子なのだろう、髪を短く刈り上げ、短い手足にまとわりつく衣類を煩わしげに振りほどこうとしている。
無論、そのぐらいのことで窮屈な衣服が自分から離れることはない。
その様子を愛しげに眺めていた女性は、視線を周囲に巡らせた。
彼女から少し離れたところに、二人の少女がいた。
一人は少女と呼ぶには、まだ幼すぎるかもしれない。五、六歳ほどの童女である。
辺り一面に咲き乱れている花を摘み、もう一人の少女に教えを請いながら、花冠を造っているところであった。
童女と遊んでいる少女は、既に花冠を作り終え、膝の上にのせている。
愛しげに童女を見つめつつ、口の端には笑みをたたえて。
そうして、童女に作り方を教えているのだ。
二人の無事を確認して、女性は再び視線を巡らせた。
いつしかそれは一点に止まる。そこに人の影を見つけた。
一段高い土手の上。太陽を背にたっているためか、それが誰なのかはわからない。
だが、その女性にはおおよその見当はついていたようで、微かな笑いを唇に含ませた。
その人物は土手を駆け下り、女性のもとに走ってきた。
「よくここがわかりましたね、秀慧」
柔らかな微笑で、少年を迎える。秀慧と呼ばれた少年は、にこっと笑みを返した。
蒼い瞳を輝かせる彼は、先日十八の誕生日を迎えた。この女性、珠瑛の弟である。
「姉上の行かれる場所なら、なんとなく」
言いながらも、視線は忙しなく動いていた。誰かを見つけようとしているかのように。
その相手が誰かということもわかっている珠瑛は、袖口を口元にあてて笑った。
「あなたが探しているのは、祐榎かしら」
確信している上で、わざというのだ。頬を染める弟の反応を見て、楽しんでいるとしか思えない。
「祐榎なら、ほら、汐穂と遊んでもらっているのよ」
彼女が示した先に、確かに少女がいた。
「祐榎!」
姉の存在など忘れたかのように、秀慧は彼女のもとに走った。
その後ろ姿を見て、彼の姉は呆れ返っていた。
「まったく‥‥いつまでたっても子供みたいに」
ため息とともに、愚痴ともとれる言葉が呟かれる。
珠瑛は、秀慧に彼らの実兄、祥伯の片腕となってほしいと願っている。
だがこの分では、それはどれほど先になることやら。
「秀慧ったら、わかっているのかしら」
彼女のつぶやきが聞こえたかのように、足下の幼児が再び裾を引いた。
「あらあら翆薇ったら。そうねえ、あなたの方が、秀慧よりも頼りになるかもしれないわね」
彼女はそう呟くと、実兄の一人息子たる翆薇を腕に抱いた。
「あなたのお父様は、この国の王なのよ。あなたも、お父様に負けないような王におなりなさいね」
珠瑛の言葉を理解したか、翆薇は声を上げて笑った。
「そう、いい子ね。じゃあ、汐穂をお迎えに行こうね」
腕に抱いた皇太子にそう囁くと、珠瑛は秀慧の後を追った。
汐穂と祐榎は、秀慧が近づいてきたことに気づいた。
汐穂は嬉しそうに顔を上げると、秀慧の方へ、ぱたぱたと足音をたてながら走った。
笑みを浮かべ立ち上がると、祐榎も歩み始めた。
「叔父さまあ」
甘えた声を上げ、汐穂は秀慧の足下にしがみついた。
その小さな頭を、ぽんぽんと二度、秀慧はたたいた。
それから祐榎に向けて、照れたような笑みを見せた。
「せきほね、ゆうかにお花の冠つくってもらったの」
そう言って、頭の上に載せてあった花冠を自慢げに見せる。
それは丁度汐穂の頭の大きさに合っており、軽く頭を振ったぐらいでは、落ちる気配さえもみせなかった。
「本当だね。良かったね、汐穂」
「うん」
汐穂は秀慧の服をつかみ、そのまま祐榎に向き直った。
「ねえ、ゆうか、叔父さまにもつくってあげて。叔父さまもほしいって」
「お、おい。汐穂。俺はなにも・・・」
「汐穂、帰りますよ」
割って入ってきた瑛珠の声は、この時秀慧にとって、この上なくありがたかった。
彼の予想通り、汐穂は今までのやり取りを忘れ、母親の方に走っていく。
その背を見送って、やれやれと秀慧は肩を落とした。
「秀慧様は、汐穂様が苦手なのですか?」
笑いながら、祐榎が問いかけた。
「苦手じゃないよ。でも、そうだなあ、時々持て余す、かな」
「そうかしら」
祐榎は疑わしげな瞳を見せる。だが口元は笑っていた。
秀慧も、それにつられるように笑った。
